ものごとには、正解がない
学校と社会の、もっとも大きくちがうところは、 「ものごとには、正解がない」 ということだ。 ここをはき違えると、「正解がでないのは、自分が間違っているからではないか」 というような、誤った観念に支配されることになる。 現実には、そもそも正解がないという理由で、正解がでないことの方が、圧倒的に多いのである。 正解のないところに正解をもとめることは無意味なことだ。 正解のでる事件を着実に解決すればよいのであって、正解のでない事件を解決しようとすると、たいへんに、しんどい思いをすることになる。 人によっては、解決のでない事件に対して、果敢に立ちむかって、ねじ伏せようとする者もいる。 それは、英雄の所業である。 伝説のなかに出てくる、ヒーローの活躍である。 しかしながら、わたしは、自分が英雄でもなければヒーローでもないことを、よく知っているのであるから、解決の存在しない事件に解決をもとめようとは思わないのだ。- 次のページへ:自己破産の前に連帯保証人に相談
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